萌える男
読みました。
というわけで感想&意見などを。
11/28追記
まず「オタクとは恋愛資本主義システムに取り込まれなかった人々である」という意見には同意です。
現在、資本主義社会における流通物として「恋愛」が商品化され、恋愛を楽しむのが人生だというような思想が刷り込まれています。そこではモテるための商品に投資しないオタク達は排除されるべき存在です。そんな真実を踏まえた定義に私も賛成です。
ただ、萌えの心理的機能と社会的機能については拡大解釈の印象を受けました。
今まであった価値観(特に恋愛資本主義のこと)でできなかった自己のトラウマの克服やルサンチマンの昇華のために萌えは機能している、という心理的機能。
すでに瓦解し始めている恋愛資本主義に代替しうるシステムを提案するための思考実験の場として萌えは機能している、という社会的機能。
これらはオーバーな理解なのではないかとも思いました。しかし、私にはこれらを否定するだけの論拠はありませんから、こいうこともあるかもしれないとも思っています。
心理的機能の部分を拡大解釈と感じたのは、この点が過度の一般化になってしまってはいないかということです。確かにトラウマやルサンチマンを解消するための手段として萌えを欲した人もいるでしょう、しかしただ面白い楽しい心地よいから萌えている人もいると思うのです。三次元の女性の恋人がいたり、結婚していてもオタク趣味を続けてる方は大勢いらっしゃいます。
そして、このことは萌えることが一部の人間だけの特殊な趣味となるのではなく、この世に数多存在する娯楽の中から萌えることを選ぶということが何もおかしくない社会が訪れる可能性を秘めています。
あとで気がついたのですが、良くも悪くも恋愛資本主義にとらわれすぎだとも思います。昨今のマスコミがそうさせないのはわかりますが、どうせ一瞬の波ですので引くまで待ってるのが一番なのではないかと。 萌えは今は失われた純愛を求めているという点も大方賛成です。私自身が萌えは「手に入らないものを求め続けること」だと言ったのもそのあたりに関係するのかもしれません。
つまり、新しい言葉でいえば萌えとは「愛のイデアを探し続ける行為」だと言えるでしょう。
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10/4 恋と愛と萌え