スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

12/25 生きることに真剣ですか?


 この憎しみの目と心と引き金をひく指しか持たぬもの達の世界で
 何を信じる! 何故信じる?
   

 他者より先へ、他者より前へ、他者より上へ。
 競い、妬み、憎んで、その身を喰い合う!
  (by某クローンの将校


 あなたは神を信じますか?

 信じない方は自分を信じられますか?

 信じる方は自分を信じられませんか?

 人は何かを支えにしなければ生きられませんか?

 Cogito, ergo sumを唯一の真理とはできませんか?





 劣化のクローンとして作られこの全てを憎んだ者がいました。

 この世全ての悪を背負わされ、それでも世界を憎なかった者がいました。

 人が己に課したルールはただ一つ「私に迷惑かけるな」。それぞれが自ら知らぬうちに心の中にそう刻んでいます。
 この世の常識、法律、義務、全てはそれを遂行するためのツールです。
 
 人はそんなにもエゴイズムに溢れた存在だというのに、それに気がつきもしません。

 奪うことでしか生きられず、妬むことでしか向上しない。

 増えすぎた人は種の存続しか考えられない。

 存在することが罪の生き物。それが人。



 
 神を信じる人間は信仰が贖罪になります。

 ならば信じられない人間は?

 ましてや自分自身さえ信じていない存在はどうすれば?

 死ぬことが懺悔になる?

 死を恐怖していてそれもできないのなら?

 そのこと自体さえ罪を生む?

 答えは見つからないでしょう。生きるために生きている人間にはそれを疑問に思うことさえないでしょう。

 


 howに答えるのは科学の役割。whyに答えるのは哲学の役割。

 何故人は生まれたの? この答えは人の脳内でしか出せません。

 その答えがあったとして、それを享受するのもまた人の脳。

 養老 孟司氏の唯脳論。これ自体は解剖学的見地からですが、哲学的に見ても真理に近いかもしれません。

 全てが人のロゴスより生ずるものだとしたら、それだけが唯一の真実となりえます。




 だからこそ、せめて自分は信じてあげましょう。今ここにある自分は、この世唯一の存在であると認識しましょう。

 それ自体に価値はないでしょう。しかしながら、その思考が思考の主体に対してアイデンティティを与えるでしょう。

 そうすれば、この憎しみの目と心と引き金をひく指しか持たぬもの達の世界でさえ生きていくことができるかもしれません。



 ※徒然に浮かんだ思考の断片をそのまま言語に変換したものです。よって、一切の質問、疑問、苦情に対して真っ当な反応ができない恐れがあります。それらを行う際はご了承ください。

トラックバック

http://moekokoromoe.blog28.fc2.com/tb.php/78-65448785

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)