「さて、今日もお茶を飲んだし、掃除でもしようかな」
霊夢はそうつぶやくと。縁側から立ち上がり、歩き出した。
神社の裏側にまわり、箒を取ってくる。
そして、正面の鳥居の方へと歩いて行き。掃除を始めた。
博麗神社に里人が訪れることはあまりない。
霊夢以外には誰もいない静かな境内には、そよぐ風の音、その風に吹かれてこすれあう若葉の音が響いていた。
そこに霊夢の動かす箒の音が重なる。
霊夢にはとってはいつも聞きなれた音であった。
鳥居と本殿を結ぶ真正面のラインは、正中と言って神様の通り道である。
特に念入りに掃除し、綺麗にしておくことが当たり前である。
だが、霊夢の掃除ぶりは不思議だった。
鳥居の正面から始めたはいいが、その後はまるででたらめな方向へ掃き進めていく。
一度掃いたところを、また通るようなこともしていた。
まるで、掃除をしている振りをしている、ようであった。
聞きなれた音に混ざる、甲高い音に気づいた霊夢は、手を止めた。
「ん、なんか来たわね」
そう言って、空を見上げる。
その見上げた空には、黒い何かが映っていた。
それは甲高い風きり音を立てて、だんだんと近づいて来る。
近づくにつれて徐々にはっきり見えてきたそれは、箒に乗った少女であった。
黒い上着の下からは、白いエプロンのようなものが見えている。頭には黒い帽子を被っていた。
少女は、いわゆる魔女の格好をしていた。
だが彼女にとってはこれは普段の服装そのものである。
なんということはない、少女はまさに魔女であるからだ。
魔法の森に住む、普通の魔法使い。名を霧雨魔理沙と言う。
森の魔法使いは減速し、霊夢の前に降り立った。
「よー、れいむー」
「こんにちは、魔理沙」
黒白の魔女は、箒から降り、霊夢の様子を見て言った。
「なんだ掃除してたのか」
そして周りを見渡してから続けた。
「…のわりには、あまり綺麗になってないような気がするぜ?」
紅白の巫女は、なんでもないことのように応えた。
「別にいいのよ、掃除してる振りしてただけなんだもの」
「そういえば、いつもそんなようなこと言ってるな」
「他にすることもないんだし、急いでやる必要はないのよ」
霊夢がそう言ったとき、魔理沙はニカッっと白い歯を見せて笑った。
「ならちょうどいいな。私と勝負しようぜ。」
幻想郷には一定のルールに基づいた決闘方法がある。
妖怪と人間が共に住まう幻想郷において、単純な力の差によって勝敗が決まってしまわないように設けられた。
適度に戦闘を模した行為を行うことで、妖怪が妖怪であり続けるために。
妖怪と人間の諍いが、そのまま命のやり取りに直結しないように。
そうすることで、妖怪が異変を起こしやすくするために。
起こされた異変を人間が解決しやすくするために。
さらに、それはただ人間と妖怪の争いにだけ使われるものではなかった。
腕に覚えのあるものは、この方法に則って日常的に決闘を行った。
腕試しのためにである。
その決闘方法を、スペルカードルールと呼ぶ。
巫女と魔女が空へと舞う。
楽園の素敵な巫女である博麗霊夢には、空を飛ぶ程度の能力、がある。
重力に縛られず空を自由に駆け回ることができる。
それはちょうど霊夢の暢気で気ままで自由な性格を表しているようであった。
そして、自身は魔女であれと強く願う魔理沙にあっては空を飛ぶことは当たり前である。
「さあ霊夢。準備はいいか?」
そう言って魔理沙は不敵に笑う。
「いつでもいいわよ」
言葉を返す巫女の顔は余裕に満ちていた。
「そうやって笑ってられるのも今のうちだぜ! いくぞ、魔符、スターダストレヴァリエ!」
そうして、魔理沙はスペルカードを宣言した。
スターダストレヴァリエは、星を模した弾幕を相手に浴びせかけるスペルである。
魔理沙自身から全方位に向けて放たれた星達は、霊夢の視界一面を覆い尽くすほどであった。
その星達で霊夢の方向へ放たれたものは、一直線に彼女へと襲いかかる。
だが、霊夢は知っていた。この星達は、最初に与えられた軌道をまっすぐに進んでくるに過ぎないことを。
その射線上からどいてやれば、被弾することはない。
霊夢は体をそらし、それと当時にお札を投げつけた。
魔理沙は魔力で生み出す星を模した弾幕を使うが、霊夢の弾幕はお札、護符の類である。
代々の博麗の巫女が得意とする技法であった。
(あれ、いない)
星の合間から見てみると、さっきまでいた位置に魔理沙はいなかった。
(あの弾幕はただの目隠し!)
霊夢は別方向から本命の攻撃がくることに気づいた瞬間、身を翻して今の場所から移動していた。
瞬間。
今まさに霊夢がいた位置を、箒にまたがった魔理沙が駆け抜けた。
「隠符、スターダストレヴァリエ、ってね。まあ、さすがにこれは当たらないか」
霊夢の死角となっていた真上から、一気に降下した魔理沙はそういって笑う。
「いつもと変わらない攻撃でいいの? それじゃあいつまで経っても私には勝てないわよ?」
間一髪でかわしたにも関わらず、霊夢はそんな言葉を放った。
「まだ始まったばかりさ、これからだぜ?」
そう魔理沙が応えた時。霊夢はすでに次の攻撃を決めていた。
「やられっぱなしってわけにはいかないわ。宝符、陰陽宝玉」
「やばっ」
魔理沙は慌てて回避行動の準備をとる。
スペルを使われたからには回避に専念するしかない。
スペルカードを宣言し発動させるには、集中力が必要となる。
迫り来る相手の弾を避けながら、スペルを使って即カウンターというわけにはいかなかった。
次のスペルをどのタイミングで使おうか考える魔理沙の頭上に、太極図が描かれた玉が大量に影を落とす。
まるで静止しているように思えた大量のそれは一瞬間のあと頭上へと降ってきた。
箒を駆り、玉と玉の間をすり抜けながら、魔理沙は上へ上へと逃れていく。
その間スペルでの反撃はできないが、通常の弾幕を浴びせることは忘れなかった。
玉のない上空へと逃げ切った魔理沙は、自分がここに追い込まれていたのだと気がついた。
このスペルは、上へと逃げるしかないのだから。
すぐに、霊夢の護符が回転しながら飛んできた。
わずかにかすりにながらも必死に身を翻す。直撃は避けられた。
当然一つだけではなかった。いくつもの護符やお札が、魔理沙めがけて飛んでくる。
霊夢は容赦なく弾を放ち続け、弾幕を形成する。
対する魔理沙はかすりながらも直撃することはなく避け続ける。
(これはさすがに当たらないかなぁ)
何枚もの護符を手に取りながら霊夢は考えていた。
霊夢と魔理沙は何度も何度も勝負したことがある。お互いの手の内はわかりきっていた。
お互い通常の弾幕をぶつけあうだけでは決着がつかないことを知っている。
いつでも決着はスペルによるものだった。
魔理沙は霊夢の護符を躱しながら、反撃のチャンスをうかがっていた。
だから当然、霊夢が一まとめの札を放ちきり、次の札を用意する一瞬を見逃さなかった。
(今!)
「彗星、ブレイジングスター!」
宣言と同時に魔理沙の体はまばゆい光に包まれる。そしてもの凄い早さで霊夢に突っ込んでいく。
それを見て、次の札を今まさに放とうとしていた霊夢は動きを止めた。
早すぎる、札の投擲が間に合わない。
(魔理沙本気ね)
自身を光の弾と化して襲いかかる魔理沙を、霊夢は紙一重で回避した。
そして、すぐに後ろに振り返る。
そこにはすでに反転して向かってくる魔理沙がいた。
霊夢は体勢を崩しながらも、この第二撃をなんとか回避した。
ブレイジングスターは自身を光の弾に見立てて突進することで攻撃するスペルである。
本来外に放って弾幕にするはずの魔力を自身の強化に回す。
そうして普通に突進するよりもはるかに早いスピードをはじき出すのだ。
さらに攻撃はそれだけではない。
魔理沙が高速で飛行した後には、早すぎるスピードで吹き飛ばされた魔力の残滓が弾幕を造る。
彼女が進んだ軌跡に沿って、大量の星が撒き散らされるのだ。
それはあたかも、輝く星が尾を引いて流れていくようであった。
故に、その名は彗星。星を模した魔法を使う魔理沙らしいスペルである。
反転しながら幾度となく強襲をかける魔理沙を、霊夢は避け続けた。
このスペルは攻撃力も高い反面、消費も激しい。
しばらく避け続けていれば、やがて魔理沙は魔力を使い果たす。
その瞬間に反撃すればいい。事実、以前もそうやって勝利を収めたことがある。
(でも、それにしては…)
霊夢は内心いぶかしんでいた。
本来なら必ず霊夢に向かってくるはずのところを、わざと横をすり抜けていくような時があった。
ブレイジングスターは直撃させなければ意味がないスペルだ。
それをわざわざあたらないようにするには何かわけがあるに違いない。
だが、霊夢は魔理沙の考えが読めずにいた。
というよりも、あまり考える時間がなかった。
魔理沙のスピードは速い。ほんの数秒だけでも動きを止め、回避のための思考をやめれば直撃させられる。
ゆっくり対策を練るほどの時間を魔理沙は与えてくれなかった。
(とにかく避け続けるしか)
もう何回目かもわからない魔理沙の突進を避けながら霊夢はそう思った。
が、次の瞬間霊夢は魔理沙の考えに気がついた。
いや、気がつかされた。すでに霊夢は魔理沙の罠に落ちていたのだから。
(まずい! 避ける場所がない!)
霊夢の周りは、飛び回る隙がないほどに星型の弾で多い尽くされていた。
回避するにも移動する場所がなければどうしようもない。
思わず魔理沙の方を見た霊夢は、自分がさらに追い詰められていることを知った。
すでに通常の状態に戻っている魔理沙が、手に乗るほど小さい八角形の炉を構えるのが見えたからだ。
「これで逃げられないだろ? あとは当てるだけだ」
「やってくれたわね魔理沙…」
魔理沙はブレイジングスターという大技を相手の動きを止めるだけに使ったのだった。
「今日こそ勝つぜ! 恋符、マスタースパーク!」
その宣言で、スペルは発動した。
マスタースパークこそ魔理沙が最も得意とするスペルである。
八角形の小さい炉、八卦路に溜め込んでおいた魔力を直線状に放出する。
言ってみればそれは、巨大なレーザーのようなものであった。
その気になって使えば小さな山くらいは吹き飛ばせるくらいの火力を有する。
弾幕は火力(パワー)だ、という魔理沙の信条がそのまま現れたようなスペルであった。
「さすがにスペル二連続はきついな・・・。霊夢、負けを認めたか?」
5,6秒ほど続いた放射が終わって、魔理沙はそう声をかけた。
目もくらまんばかりの閃光が消え去ると、そこには肩で息をする霊夢が、
いなかった。
「…あれ?」
「霊符、夢想封印」
その声に体ごと魔理沙は振り返った。
覚えていられたのは、光の珠が七つそれぞれの色で輝きながら自分に向かってくる光景までであった。
・博麗霊夢の怠惰なる一日 後編へ(執筆中)